--ある北の町の話-- 「パンが無ければお菓子を食べればいい」 男はどこかの王妃の台詞と同じことを口癖としていた。 高笑いこそないが、そこには独裁制を彷彿とさせる空気が纏わりついていた。 「何をふざけた事を・・・!」 「パンも食べれない我々がお菓子を口にできるわけがなかろう!?」 「貴様ぁああ!!」 次々と異論の声があがる。向けられる刃、刃、刃。 しかし、男は少しも動じてはいなかった。余裕の笑みすらその顔面に貼り付けている。 それもそのはずだった。 男を守るように立ちはだかる複数の兵士が刃物よりも殺傷力があり速さも備え持つ武器、銃を手にして構えているのだから。 男に飛び掛ろうとした瞬間、その者は死ぬことになる。 「捕えろ」 冷酷な声のもとに兵士たちは動き出した。 勇敢にも立ち向かってくる者。我先にと逃げ出す者。 向けられる銃は確実に歯向かう者の動きを抑制していく。 反逆者を殺すことは簡単なことであった。しかし、男はそのように命令はしなかった。 後に辿る末路は同じだとしても、その過程をより有効に、より楽しむために。 男の酷薄な笑みが恐怖を与える。それはあるいは死よりも恐ろしい印象を見る者に与えるかも知れなかった。 そう時間の経たない内に場は静かになっていた。 後に残ったものは死体と縄で繋がれた者、兵士、そして底冷えする笑みを隠すことなく浮かべる男だった。 「ふん。他愛のない・・・」 吐き捨てるようにつぶやいた。 広場が騒がしい。 それは珍しいことではなかったが。 そしてそれが何を意味するのか知らぬ者はこの町にはいなかった。 ここからはその様子が何物にも遮られる事無く伺える。 恐怖と絶望に包まれながらそれは行われる。 処刑が始まろうとしていた。 大陸の北東にあるこの土地の現領主は典型的な独裁制恐怖政治を行っていた。 重税を課せ、言論を統制し、逆らう者には容赦なく死の鉄槌を下しているのである。 死の鉄槌。 それは最も残忍な刑具と名高いギロチンを意味していた。 首をあまりにも速い速さで切断された脳は数瞬間自分の死を認識できず、その後で自分の胴と頭が切断したことを視覚で認識しながら死んでいくのだ。 これ以上残酷な処刑法はないだろう。 なぜ、領主がそのような独裁制を敷き、処刑を行うのか…女にはわからなかった。 町中に嘆きの声が充満しているというのに。 この領主の館で働く者たちも緊張を隠せないのか、肩を縮めて歩く始末。この者たちの中には領主に殺された者の親兄弟親戚もいるのかも知れない。 反逆の罪はその家族など他に及ぶことはないため、変わらず働いてはいるが、影で涙を流しているのは疑いなかった。あまりの悲しみに辞めて行った者もいる。もう何人見送っただろう。辞めていく者を止める理由は女にはなかった。 ふとドアがノックされた。 扉の向こうに誰がいるのかはわかっていた。そして、その者は室内にいる者の返事など待たずに入ってくることも。 だから、女は出迎えの言葉を紡いだ。 「おかえりなさい、あなた」 「今、帰った」 女の夫である町の領主は、穏やかな笑みを浮かべている。 (町では恐怖と畏怖の目で見られるこの人だけれど…) 男の手が女の長い髪を優しく梳く。その手は背中に回り、女の膝にすがりつくように抱きしめた。 安らぎに口元はほころび、心地良さそうに目を細める。 (わたくしの前ではこんなにも無防備だなんて、信じられるかしら……?) 「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」 後ろ手に縛られ広場中央へと引っ立てられる一行がある。皆一様に諦めきった表情で下を向いている。これから彼らがどうなるのかは彼ら自身がよく知っている。望まぬ死を目前にして明るい表情などできるはずもなかった。 そんな彼らの中に数人だけ、毅然と顔を上げ前を睨み付ける者たちの姿があった。反領主派であり、水面下で活動を行っているレジスタンスの一員である彼ら。その一人が彼女、セリカの兄だった。 妹の悲痛な叫びが聞こえたのかどうか、兄は妹の方を見、かすかに微笑んだような気がした。 そして、断頭台の露と消えた。 「あ、あ…あああああ…」 急速に足元から力が抜けていき、セリカはその場にしゃがみこんだ。その顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。 「こんなことが…こんなことがあっていいの……?こんなの、こんなの、酷すぎるよッ」 「むごいことをしますね」 その声は唐突に頭上から発せられた。 びくっとして顔をあげると帽子を目深にかぶった全身黒尽くめの男の姿があった。開いた胸元から銀色に光る十字架が見て取れた。 「神父様!?神父様なの??」 思わずその十字架を手で掴みあげてしまっていた。セリカのその行動と気迫に押されてか、少々後じさった。 「ねぇ、お願い。どうか兄の、兄たち死んで行った人たちの冥福を祈って…!」 「・・・・・・」 男は答えない。黙したまま断頭台の方を見据えている。 次々と首を切られていく者。亡骸は場外へと運ばれていき、その後どうなるのか知る者はいない。亡骸は身内へと返されはしないのだった。 男の視線はそのどれでもない、ある一点だけを見つめていた。それは断頭台そのものであるようだった。 「できないのですよ」 何かを押し殺すように、口が開かれた。 「そんな…!」 十字架から手が離れた。 「祈ってももらえないなんて、兄たちはどうすればいいの!?・・・浮かばれもしないじゃない!」 十字架は祈るためにあるのではないのか。言外にそうつぶやきながら、また溢れてきた涙に顔を俯かせた。 「ええ、本当に…」 しゃがみこむ少女を見降ろしながら、表に出ていた十字架を胸元に仕舞い込んだ。 「本当に、そうですね」 「レジスタンスに入りたい?…そういうのかね、君は」 そう言ったのは顔に大きな傷のある、厳つい男だ。レジスタンスのリーダーと言えば、ああなるほどと思う顔ではあった。 「君のような子どもに同志になってもらうほど我々は人手不足ではないよ」 「あたしの兄はレジスタンスでした。昨日、殺されました」 そう聞いてリーダーはわずかに眉を動かした。 「あたしはその仇を討ちたい。それが動機ではいけませんか」 「ふむ。…だめだな」 「!!」 「君のお兄さんのように殺された者はたくさんいる。しかし、我々がレジスタンスを立ち上げたのは仇討ちのためではないのだ。憎しみは憎しみを生むだけだ。我々はその憎しみの連鎖を断ち切りたい。そのために領主を公の場に出し断罪したいのだ」 「それは殺すということでしょう?あたしは領主を殺したい…!」 「君が言うのは暗殺のことかね。最終的に領主は殺さねばならないかも知れない。だが、暗殺では表に出ることなく終わってしまう。暗殺では根本的解決にはならんのだ」 セリカには理解できなかった。恐怖政治を敷いている領主さえ殺せばもう悲しみはなくなる。それは解決を意味するのではないのか。 「まぁ、いい。君の心意気はよくわかった。領主を殺すというのならば、やってみるがいい。我々は君を支援しようではないか」 そう言って、リーダーは後ろに目配せをした。 背後から頑丈そうなケースを抱えた男が現れ、ケースをセリカの前で広げてみせた。 ケースの中には鈍く光る筒のようなものがあった。領主の兵士が持っている銃に似ているが、兵士のものよりも筒が短かく、手の平に収まりそうなほど小さかった。 「それは…?」 「知っているだろう?銃だよ」 銃を手に取って、構えて見せる。 「これは我々が秘密裏に開発した暗殺用の銃だ。まだ試作段階ではあるが、精度は領主が所有しているものと変わりない」 無造作に銃をセリカに放り投げた。 「これを君に貸そう」 「・・・え」 「使い方は彼に聞くといい。それをどう使うかは君の自由だ。事が済んだら返してもらえばそれでいい」 新入りにこうも簡単に銃などという、レジスタンスの切り札とも言える武器を与えるとは尋常ではない。 しかし、そんなことを気にすることはセリカになかった。彼女の頭にあったのはただこの銃の使い方を覚え、そして領主を殺すことだけだった。 震える手で冷たい金属の感触を噛み締めた。 セリカは着替えていた。 今日から領主の館で働くことになっていた。 くるぶしまでのゆったりとしたスカートの中に銃を隠し、部屋を後にした。 「今日からお世話になります、セリカです」 頭を深々と下げた。相手は領主の奥方である。ここで良い印象を与えておけば、館内での行動がし易くなる。 「ふふ。お世話になるのはこちらの方ですわよ。よろしくお願いしますね、セリカ」 優しそうな女性だった。こんな人がなぜあのような残酷な領主の妻でいるのか不思議に思うほどだ。 セリカに与えられたのはごく一般的なメイドの仕事であった。すなわち、掃除洗濯給仕。そのようなものだ。 メイドの仕事をやっていると、予想以上に忙しく、偵察する暇もないほどだ。 忙しい理由のひとつとして、館で働く者の人手不足が挙げられる。 辞める者が多く、新規で入って来る者はわずかとあって、セリカは歓迎された。 ある日のこと。 本館から別館への回廊を歩いていたところのことだ。 庭の低木に背を預けて座り込んでいる姿があった。黒い帽子に黒い背中。顔をわずかに上向きにし、ずっと同じところに視線を向けたまま離さない。本館の3階、日当たりの良い部屋。薄いカーテンの向こう側に細い女性の姿がある。奥方だった。 どこかで見覚えがあるその姿に、セリカは近づいて行った。 「神父様・・・?」 「誰です!?」 勢いよく振り返られて、逆に驚いたセリカだ。 「やっぱり神父様。こんなところで何をしているの?」 声をかけてきたのが広場で見た少女だと分かって安堵したものの、警戒は解かずにいる。 「もしかして…奥様のストーカー?」 男の視線の先を見て言った言葉に、男は顔をしかめた。 「…そう思ってくれても構いません」 肯定とも否定ともつかない回答に不審の目を向ける。 「いずれにしても、あなたには関係ないことです。あなたこそここで何をやっているのですか?」 何も言い返せない。聞き返されて詰まるのは当然だった。 「言えないでしょう?…ならばお互い干渉はなしです」 「……わかったわよ。でも、ひとつだけ言っておくわ。その帽子脱いだら?目だって仕方ないわよ」 予想しなかったことを言われきょとんとする。慌てたように帽子を頭からはいだ。 長い金髪が肩にかかる。細面に切れ長のその目。誰かの面差しに似ていた。それが誰か思い出せない内に男は背を向けた。 「ご忠告は受け止めておきますよ」 セリカも仕事に戻るために背を向けた。 昼過ぎになり、奥方にお茶を淹れるため部屋にやってきた。 軽くノックをし、返事をもらって入っていくと部屋には奥方とは違うもうひとつ別な姿があった。 ソファーに深く腰掛け薄く目を閉じているのはセリカの仇その人だった。 領主の隣に奥方も座って肩を預けている姿は仲睦まじい夫婦そのもので、セリカはたじろいだ。 「奥様、お茶をお持ちしました」 あやうく叫び声が出るところを押さえ、眠っているだろう領主を起こさないように小さな声で告げた。 「二人分淹れてくれるかしら」 「はい」 こんなチャンスがあるなら毒薬でももらってくれば良かったと思った。 ないものは仕方ないので、普通にお茶を淹れる。カップを暖め、熱湯と茶葉を入れたポットに布巾をかけ蒸らす。 鼓動が五月蝿かった。 目の前にターゲットがいる。周りに兵士はいない。領主は眠っている。武器を携帯している様子はない。これ以上の機会はなかった。 毒殺ができないのなら銃殺があるではないか。 意識しない内に手が足に伸びた。 不審な行動に奥方は目を向けた。セリカの手には小型の金属があった。それを知らぬ奥方ではなかった。 その次の行動は早かった。 セリカは銃を向け、正確に領主の頭に照準を合わせた。 奥方はセリカと領主の間に割り込むように夫に抱きついた。 領主が目を開くのが見えた。 重い銃音が響いた。 血を吹くと思われた頭はそこにはなく、代わりに左胸を抉られた奥方の姿があった。 「貴様ぁ」 立ち上がり、憤怒の形相で睨み付ける。 再度セリカは銃身を領主に向けた。 二人の間に緊迫の糸が張り詰める。 その糸を断ち切ったのはまたしても奥方だった。 ふらふらと、だがしっかりとした足取りで立った奥方の左胸は空いていた。 セリカは震えた。 「わたくし…どうなったの?」 心臓を打ち抜かれてもなんともない自分に驚き、頼りない顔で夫の方を向く。 領主は答えず辛そうな顔をしてみせるだけだ。 そこへけたたましい扉を開ける音が響く。 現れたのは黒尽くめの男だ。 部屋の中の状況を見、その視線はやがて奥方に止まる。 「やはり…」 そう呟いた。 一人納得してるところへ当然のように誰何の声があがる。 奥方は男が誰なのかわかっているようだった。ただ驚いた顔で見ている。 「お久しぶりです。会うのは結婚式以来でしょうか」 忠告したにも関わらず被ってきた帽子を脱ぎ、軽く一礼してみせた。 その顔には領主も見覚えがあった。 「…クロード」 その名を呟いたのは奥方の方だった。 「あなたどうしてここへ?」 「姉さん…」 辛そうに眉を寄せる。 「これはどういうことですか、モルゲンシュタイン殿。姉は死んだはずです。遺体は僕も見ました」 「死んだ…?わたくしは死んだというの。では、この、わたくしはなんなの??」 「なのに、ここにいるのは確かに姉です。なぜなのです?…答えて下さい!」 領主は無言だった。 すっかり蚊帳の外の存在になってしまったセリカは憮然とした顔つきだ。 「答えられませんか?では、代わりの僕が答えましょう。 あなたは姉に呪術を用いた。この世に姉の魂を留めさせ、生前と同じように動かすために。そして、その身体を動かしているのは姉ではない。多くの他者の魂だ!」 何のことかセリカにはあまりよく分からなかったが、これまで殺された者たちの魂が天に召されることなく、奥方が死しても生きるために使われているのだということは読み取れた。 奥方は今にも泣きそうな顔で領主を見ていた。 「わたくしは…わたくしは……死人なのですか……?」 無言を肯定ととり、俯く。とても悲しかった。それは自分が死人だからではなく、夫の所業の理由が自分であったからだった。 「わたくしのためにあなたはあのようなことをなさっていたのですね…」 「違う。違う。違う…!」 慌てて首を振り、否定の言葉を吐く。 「わたくしはどうすれば死ねるのかしら?」 「姉さん」 言葉が詰まる。 クロードの手が胸元に伸びる。十字架を握り締めて、真っ直ぐに構えた。 「天は天へ、地は地へ。魂は天へ、亡骸は地へと、灰へと戻らん…」 何事かを呟きながら、十字架は奥方の額へと降りた。 そこから奥方は白い光に包まれ、さらさらと溶けていく。奥方がいたところの床を覆う白いもの。それは灰だった。 死人は灰へ戻ったのだった。 「うああぁあああ」 叫びは領主から発せられた。 「よくも…!」 睨まれたクロードはかまわず領主に背を向けた。 「姉は死んだんですよ…。死んだんです。それは変わりません。あなたはそれを認めなければならない。偽りはいつか崩壊する。それが今だっただけです」 そのまま部屋を後にした。 彼にはまだやることがあったのだ。 やっと自分に出番が回ってきて、セリカは意気揚々と銃を領主に向けた。 「ねぇ。あなたは今叫んだわね。その叫びを何人の人がしたと思っているの!?悲しいのはあなただけじゃない。つらい思いをしたのはあなただけじゃないわ!!」 セリカの声が聞こえているのか聞こえていないのか、呆然と口を開けたまま天を仰いだまま微動だにしない。 「死になさい!」 銃声が響いた。 銃声を遠くで聞きながら、クロードは暗く立ち込める部屋に火を掲げた。 腐臭と悪気で満たされたそこへ祈りの言葉を唱えながら火を落とした。 それは浄化の炎であった。 領主の館は炎に包まれ、いつまでも燃え続けた。 * * *
後日、不釣合いな黒いケースを右手に提げ歩いている少女の姿があった。その足はやがてひとつの店の前で止まる。何か液体の入った瓶のイラストを看板に掲げていることからその店は薬品を扱う店だということがわかる。しかし、その店はある裏の顔も持っていた。反領主派の立てこもるレジスタンスのアジトでもあったのだ。 セリカは借りていた銃を返すためにここへやってきたのだった。 ここへ来るのは久しぶりだった。射撃の練習のために入り浸っていた、それ以来だ。そのせいか以前よりも敷居が高くなったような妙な感じを覚えて、足を踏み出すのをためらった。いっそのこと引き返そうかとも思ったが、この手に余る銃をいつまでも所持しているわけにはいかなかった。 勇気を持って前へ進み出る。上げた右足が地面につくより早く、セリカは何者かの手によって柱の影に連れ込まれた。 「なにするのよっ」 「しッ」 後ろから羽交い絞めにする腕を振り解こうともがいたが、頭上からあがった静止の声に耳を傾けた。首をひねると黒尽くめの男の姿が視界に飛び込んできた。 「あなた、死にたいのですか?」 何の脈絡もなく発せられた言葉に顔が疑問符でいっぱいになる。 「あなたあそこへ行くつもりなのでしょう?」 「そうよ」 「死にたいのですか?」 「どうしてそうなるの。あたしはあそこに用があるの」 「その銃を返しに行くというのですね。それが無謀だというのです」 「だからなんで?」 「あなたはその銃を使い領主を殺害した。しかし、それはレジスタンスの意向とは違うのではありませんか?おそらくレジスタンスは公式に領主を断罪することを目的にしていたのではないのですか」 領主の義理の弟ということになる黒服の男は、レジスタンスのことについても詳しそうだ。紡がれる言葉で内情をよく把握していることがわかる。 「…だとしたら暗殺は本意ではないはず。銃をあなたに預けたのは、まさか本当にあなたが暗殺をやってのけるとは思わなかったためなのではないでしょうか?できるはずもないけれども、もしできたらそれはそれでいいと。 そしてあなたは暗殺を成功させてしまった。 しかし、暗殺にレジスタンスが関わっていることはマイナスでしかありません。 どんなに悪い領主といえど、領主であることに変わりありませんからね。その汚名を着たくはないのですよ」 次に口にされる言葉はセリカにも予想がついた。そしてそれは予想を裏切らずに紡がれた。 「レジスタンスはあなたひとりに罪を被せ、あなたを抹消しにかかるはずです」 分かってはいても足が震えるのを止められなかった。 「あそこへ行くと、あたしは殺されるのね…」 クロードは黙って頷いた。 「でも行かなければならないの」 「銃を返しに…?」 「約束だから」 「律儀なことですね。…ですが、殺されますよ」 「そうかもしれないわね」 「約束と命とを計りにかけるというのですか?」 答えられなかった。命が惜しくないというのならばそれは嘘になる。 「あたしは人を殺した。ならばあたしもいつか誰かに殺される。それが道理よ。だから死ぬことなんてどうとも思っていないの。でも、約束は守らなければならないわ。でなければ意味なんてない」 あたしにとってはその約束あっての復讐なんだから、とクロードを振り払う。 だが、進み行くセリカの手を離しはしなかった。 「これでいいでしょう」 タンっと、彼女の手にあったはずのケースがクロードの手によって地面に置かれていた。 「・・・ぇ」 間抜けた声がセリカの口から出ていた。 「行きましょう」 セリカはもはやこの町にいる理由もいていい理由もなかった。 誘われるままに歩き出した。 生まれ育った町を後にする。 この町はこれからどうなるのだろう。 あたしはこれからどこへ行くのだろう。 ここではないどこかに、行くのだろう。 この空が繋がるどこかで、生きるのだろう。 END. |
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