--例えば空に漂う雲のように-- 飲み会、飲み会、飲み会…。 大学に入れば飲み会というものがいつもつきまとう。 新入生歓迎の飲み会に始まり、ゼミの飲み会、サークルの飲み会、打ち上げの飲み会、追いコンと呼ばれる卒業生追い出しの飲み会。 飲み会というのは何かを祝ったり、お互いの親睦を深めるためだとは言え、大抵は酒が飲みたいだけに違いないと思うのは偏見だろうか。どうせ飲むのなら大勢の方が楽しいし、アルコールが入ることによって人はより開放的になるそうだからそれを利用して深い親睦を、というのが彼らの考えるところであるらしいが。 正直、私には理解できない。 私はお酒が好きではないし、高い金を払って不味い料理を食べる趣味もない。楽しい雰囲気を楽しくもないのに味わえる器用な心を持ち合わせているわけでもなく、始終仏頂面で私は過ごす。 こんな私と一緒に飲み会をしたら、折角の楽しそうな雰囲気が壊れるでしょ。と、飲み会を遠慮することが多いのだが、大抵の人は分かってくれないんだよな、これが。 協調性が欠けてるなぁとは自分でもわかってるつもり。それでも人に合わせようと努力はしたんだよ。でも、その度に自分が空虚になっていく感じがして、やがて止めた。 人は少なからず自分を偽っていきている。それは歳をとるごとに積み重なって、偽りだらけで、いつか偽りだけになってしまうんじゃないか。それがオトナになるということなのだろうか。 自分がなくなってしまった自分に果たして意味なんてあるのか。 意味なんて、ない。 私はそう思うからありのままの自分でいる。中身が小学生並み?今時の小学生の方が余程私よりオトナだと思うけどね。 ありのままの私をありのままに受け入れてくれる人っていないのかな…。 日差しが強くなってきた。もうすぐ夏休み。 私は夏季限定の短期アルバイトをすることになった。 塾講師として塾生に勉強を教えるという仕事である。 人にものを教えるというのは、人よりも多くのことを知っていなければできない。実際に教えることは自分の知識のほんのわずかであったとしてもだ。そこで私は自分があまりにも不勉強であることを知るのだった。 講師控え室は共用で、私の他に二、三人の講師のアルバイターがいた。 同じ教科担当のカズとは早くから交流を持つことになった。 自分が大学で学んだことを話したけれど記憶があやふやで全然説得力がなかった。カズは話に詰まってしまった私を笑うでもなくけなすでもなく「理解してないじゃん」と締めくくった。 すごくプライドを傷つけられたのだけれど、その言葉は否定できなかった。 「俺もわかんないけどな。わかんないならわかんないでいいじゃん」 どう反応していいかわからなかったが、これはフォローのつもりだろうか。なんだかそれは癪に障った。なので今度はちゃんと理路整然とした話をしてやるっ、と心に誓ったのだった。 翌日、復習し完璧に理解した話をカズに披露した。 「ふーん」 感想はたった一言、いや『言』とさえ言えない相槌だった。怒りが込み上げて来た。 「なぁなぁ、ここんとこわかる?」 と教本を寄せてきた。これは、私を認めたということなのだろうか。 「ああ、これは…」 それからカズとはお互いに教えあう仲になった。仕事以外の話もした。どんな下らない話でもカズはちゃんと聞いてくれて、しかも意見を言ってくれる。突然私がしりとりしようっと言い出しても「なんでだよ…」と言いながら付き合ってくれた。 受け持ち時間が終わると大抵の講師はさっさと退出してしまう。私もその一人だったが、カズは違った。カズは引き止められて、その足元には子どもが群がった。嫌がりもせず、逆に嬉しそうにはにかんでいた。私にはちょっとそれが羨ましかった。 カズは次の日の準備で塾に夜遅くまで残ることが多かった。私は家でやっても良かったんだけど、どうせならと一緒に遅くまで残った。 「なんでお前まで残るんだよ」 「ん、なんとなく」 「お前がいると煙草吸えないじゃんよ」 ヘビースモーカーのカズはいつもちょびっと辛そうな顔をしている。煙草を吸わない私にはわからないことだったが、塾内禁煙で禁断症状でも出てるのかも知れない。煙草がないとやっていけない身体になっているのを横目で見ながら常習性の恐さを垣間見た気がした。 「じゃあ煙草止めちゃえば〜?私煙草嫌いだし」 「無理」 間髪入れずそう断言された。 ぷっ、と思わず噴き出してしまった。 やっと準備が終わって、途中まで一緒に帰った。 「子どもかわいいなぁっ」 帰り道沿いにあるレストランを覗いていたカズがそう言った。 ウインドウの中を覗くとファミレスだけあって親子が多い。それといつも子どもに囲まれているカズを思い出した。 「子ども、好きなの?」 「ああ。姉貴に子どもできてさ。それがすんげー可愛いんだわ。俺も子ども欲しいよ」 子どもが苦手な私はちっともそうは思わない。けれど子ども好きの夫が伴侶なのはいいことだとは思う。自分の子どもに愛情を抱けない親が増えてる世の中だからね。 カズは子ども好きだと言っても、猫可愛がりじゃなくてちゃんと躾もするいい親になるんじゃないかと思う。そう、私の父のように、親としては最高の部類に入るだろういい親に…。 そこまで考えて、止めた。 最高の部類の親の子どもがどんなふうになるのか、その一例がここにあったからだ。 日々はあっという間に過ぎ去って、夏の終わり、つまりはこのバイトの終わりに近づいていた。 最後の受け持ち時間が終わる。ありがとうと、言って幕を閉じた。私の周りに子どもたちが群がる。子どもは好きじゃないけれど、この時は嬉しいと感じた。この子たちはこれからどんな大人になっていくのだろう。そう思うと小さな命に愛しさが込み上げてきた。カズが子どもが欲しいという気持ちがちょっとだけわかった気がする。きっと子どもがどのように成長していくのかが楽しみなんだね。親ならば一生をかけて子の成長を見守れる。それが自分の血を分けた子なら尚更愛しいというわけか。 その後、打ち上げと称して飲み会に雪崩れ込んだ。 大々的なものじゃなくて都合のつく講師が参加した小ぢんまりとした飲み会だ。 私が会話したこともない講師もいたし、初対面ではないものの今まで交流がなかった人がほとんどだ。それなのに皆楽しそうにしている。 「ごめん私こういうのって乗れなくてさ」 いつものごとく一人ぽつねーんと浮いてしまった私は、隣で何が楽しいんだかわからないが顔が笑いっぱなしなカズにそう零した。 「まあさ、料理と酒があるんだし。飲み食いして、少し話ができればそれでいいんじゃね」 「金額分くらいは食べないともったいないね」 「だろ」 にこっと、酒の入った赤ら顔で笑うのに釣られて私もちょっと笑う。 「カズは将来は先生になるんだよね」 「ん、ああ」 「カズならきっといい先生になるよ」 「教えんの下手クソとか言っておいて」 以前参考にカズの講義を見ての感想でそう言った覚えがあった。まだ覚えていたのかと思ったが、人は良いことよりも悪いことの方がよく覚えているものだ。 「カズは子どもが好きなんでしょ。なら大丈夫だよ」 「なんだそれ…」 「本当は保父さんとかもっと子どもに接することができる職業の方が合ってるかも〜とは思うけどね」 「フォローになってねぇ」 「大丈夫だって。…頑張って」 「…。お前はどうするんだよ」 「さあ?」 まだ何か言おうとしたカズを制するように飲み会時間は終わりを告げた。 店の外に出て、これから二次会に行く人は残って後は解散という形になった。カズは当然のように二次会組に入っている。そして私は解散メンバー。 カズ、と呼びかける。彼は煙草を吹かしながら振り向く。カズの煙草を吸っている姿を見るのはこれが初めてだった。その姿が一瞬別人に見えて、つまった。 「何、お前は帰るのか」 「うん、あの…」 風下になって煙草の匂いと煙が私に吹き付ける。私はそれを避けるようにカズの風上へ移動する。 「お前ホントに煙草嫌いなのな」 うむっと胸を張る私に半分笑いながら携帯灰皿に煙草を押し付けた。 「カズ。ありがとう。君のおかげで一ヶ月楽しかったよ」 それは私の最大級の褒め言葉だった。 「あ…」 「じゃあね、バイバーイ」 言って、背を向ける。声はもう聞こえなくなっていた。 終。 |
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